月の光の下で、美しいブルーに輝く
ただ淡々と、1人の男の個人史である。
濃い影を宿した孤独で寡黙な男の、傷だらけの半生である。
心を切り裂くような日常を
心に沁みるような美しい映像で
シンプルにポエティックに描いた個人史だ。
黒人で貧困層で同性愛者である。
家庭ではヤク中の母親から罵倒され、学校ではいじめの標的だ。
地獄の日々を救ってくれるかけがえのない存在があったり
しかしその存在に裏切られめちゃくちゃに踏みにじられたりもする。
「うわ暗っ重たっ…」
と身構えてしまう内容なのだが実際は
うっとりする色彩と抑えた心理描写によって
暗さ重たさを感じさせない。
不思議なほどあっさりとした作風なのだ。
あっさりしすぎて薄っぺらに感じる人もいるだろう。
ドラマ性が乏しい。
会話も表情も少ない。
メッセージ性もない。
貧困も虐待も差別も麻薬も同性愛も
ネタならてんこ盛りなのに
どれひとつとして問題提起をしない。
章と章の間にかなり重要な出来事を経ているのだが
そこをそっくり省いたりもするからびっくりである。
映画的にかなり盛り上げられるし
かなり泣かせることができるはずのエピソードなのに、だ。
いくらでも波乱万丈の大河ドラマにできるのに。
こういう経験をしてきた奴がいるっていう、本当にそれだけ。
えもいわれぬ感情で胸が締め付けられることがたびたびあった。
それは色彩美の中で何もかもただ通り過ぎるように
さらりとそっけなく描かれていたからこそ自然に感じ取った
リアリティによるのだろう。
長い長い逆境をどうにか生きてきたシャロンが辿り着いた先は、裏社会だった。
ドラッグ・ディーラーの元締めになったシャロン。
鍛え上げられた鋼の肉体で高級車を乗り回す姿は雄々しく危険でセクシーだ。
いじめられっこ「リトル」の面影は微塵もない。
だが胸の内は遠い昔からの想いを秘めたまま。
口数が少なく表情に乏しい、うつむきがちなあの頃のままなのだった。
普遍の愛、ってやつかな。
心から「幸せになれ」という、ただもうそれだけ。
ジュークボックスから流れる「ハローストレンジャー」が最高。
あたたかい気持ちになるやわらかな懐メロ。
___ 君がまたここにいてくれるなんて僕はすごく嬉しいよ
すべてが、その瞬間にゆるく溶けだす。
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